« ラーメン屋のおやじがニコッと笑える政治??? | トップページ | けっきょくAmazonか »

ボストン、その反応は少し違うんじゃないか?

4月ボストンマラソンの最中に爆弾テロが発生し、犠牲者を出した。
その容疑者が特定され、激しい銃撃戦の末確保された。
それを知った、市民が歓喜する、という報道が流れた。

ボストン、その反応は少し違うんじゃないか?

憎むべき犯人を制圧したことは、勝利したこととは違う。
被害者が帰ってくるわけでもない。
テロに屈しない、というバイタリティーは強いアメリカにとっては必要かもしれない。しかし、勝ったの負けたの言っている間はテロという負の連鎖は永遠に続く。もっと神妙にその事実を受け止めたい。

1972年、日本では過激派が人質をとって山荘にたてこもる、という「あさま山荘事件」があった。その攻防に日本中がテレビを通して固唾をのんで見守った。
10日間の攻防の末、警察側も犠牲者を出しながら犯人を制圧したわけだが、当事者たちには、何かむなしさだけが残り涙がこみ上げたという。

争いの当事者になると自分を守るために必死になり、相手の価値観や背景にまで考えは及ばない。
戦争やテロ、仕事や生活の中のすべての争いごとが終わった後に、勝ち負けだけではなく、背景にある大きなものを落ち着いて考えたい。

« ラーメン屋のおやじがニコッと笑える政治??? | トップページ | けっきょくAmazonか »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

初めて見たので、一応全部読ませて頂きました。
かなり近くで同じ年月を生きてきたつもりでしたが、いろんな事に
興味を見出しながら、1つづつしっかり関わって物言う姿勢に足して深みも
増してる感がしましてね、「あぁ・・・しっかりヤングライオン時にスクワット
の回数ごまかして無い人間は、中~後半に向けて差が出るね!」って、
素直に立ち上がって拍手しながら思いましたですよ。

私は同じヤングライオン期「練習だけは逃げきって生きたい」をスローガンに
実際生きてきましたし、小手先の技をいかにして派手な大技に見せるのか?
これだけを考えて来ましたので、氏とはその差が出てきたなって感じます。

しかもこのボストン爆破事件を書いたブログを、モモクロのブログから流れ着いた
自分が恥ずかしい反面、少し誇らしいよ(笑)

あっ、「今日はカレーやけん早よ帰ってきぃ。嫁と待っとんのに!」と同居し始めた
オカンから電話がきたのと、カレーなのでまたちゃんと書きます・・・。

あきひろ様

コメントありがとうございます。
人生も後半に入り、物事を大きくとらえたいと思う半面、年とるごとに尖っていってたりするのは普通の逆だったりもします。芯はしっかりと、あくまで当たりは丸くありたいと思ってます。

子供も中学生になり感じるのは、確かに若いころ、スクワットはたくさんしたけどやはり意味を考えずにやみくもに回数だけこなしていただけだった、ということ。
それは子供が中学生になり、理科化学の元素記号について質問してきたとき、「スイヘーリーベ、ボクノフネ」だけ覚えて、それが何かをまったく理解していないという事実で気づきました。教科書は全然役立たない、参考書じゃないと、と思っていたのが、今見ると大切な概念はすべて教科書に書いてあることにも気づきました。
やはり教科書どおり、カール・ゴッチかルー・テーズにたどりつくんですねー。自分に関して言えば、若いときの積み重ねの基本に現在がある、とは実は感じていなくて30代からの覚醒と、人生後半からあえて教科書を開く、ちょっとした一歩の必要性は感じていますよ。

では、またゆっくりと

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« ラーメン屋のおやじがニコッと笑える政治??? | トップページ | けっきょくAmazonか »

2015年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ